So-net無料ブログ作成
検索選択

2015中欧3ヶ国の旅(完) [2015中欧3ヶ国の旅]

2015年12月31日(日) 午前9時11分 オーストリア共和国 ウィーン

ケルントナー通り
ウィーン。ケルントナー通り

ホテルに戻ってきて朝食をとり、すぐにチェックアウト。ウィーン国際空港へ向かう。
昨晩、シュニッツェルを買ったフードコートがあるウィーン西駅へ。
空港へは、ここからバスで向かう。時刻は午前10時過ぎ。
帰国便が午後1時05分に出るので、その2時間前までには空港に着いておきたい。
そう考えるとちょうどいい時間だろう。空港へのバスは8ユーロである。

朝食
ホテルで朝食

帰国便はOS(オーストリア航空)051便。
成田へ直行、煩わしい乗り換えが無いから楽である。
2007年にウィーンから帰国した際にもこの便に乗った。
そのときのことを何となく想い出しながら空港内を歩いた。
さて、その後のおはなしだが、今年9月、オーストリア航空は日本から撤退してしまった。
私が乗ったこの日本・オーストリア間の直行便は無くなってしまったのだった。残念・・・。

空港到着
ウィーン国際空港到着

時刻表
搭乗するのはOS051便

フライトは定刻であった。
日本とウィーンの時差は8時間。
日本では午後9時台だろう。2016年まであと3時間を切っている。
OS051便の日本到着は1月1日の午前8時10分の予定である。
というわけで、私は機内で新年を迎えるのであるが、どこで新年となるのであろうか?

搭乗ゲート
搭乗ゲート

だいたいこの機内はどこの国の時間が適用されるのだろうか?
飛行機で東に飛んで行くわけだが、どこかで新年となる線を通過するはずである。
その線が目に見えれば面白いが、そんなものは見えるわけがない。

機内食①
機内食①

領空を基準とすればいいのだろうか?
だとすると、ほとんどシベリア上空を飛んでいるのだから、ロシア時間が基準だろうか?
困った、ロシアは標準時が何本もあるからそれでは旅客は把握するのは難しい・・・。
私はいつ新年を迎えるのだろうか?

機内食②
機内食②

そんなことをぼんやりと考えていたら、機内でアナウンスがあった。
皆様、明けましておめでとうございます。ただいま2016年となりました・・・。
どんな文句かは正確に憶えていないが、新年になったことを告げるアナウンスだった。
アナウンスが終わると、旅客からまばらな拍手があった。
時計を見ると、日本時間を基準としてアナウンスをしているようだった。
OS051便はフライトから3時間も経っていない。日本はまだ彼方であるが・・・。
だが、新年ということになってしまったらしく、どうも釈然としない年越しとなった。

成田到着
成田到着

2016年1月1日、午前8時14分。
OS051便ほぼ定刻通りに成田空港に到着。
今回の取材も無事終了である。
帰宅後、テレビで「ウィーン・フィル ニューイヤーコンサート」が放映されていた。
昨日まであの街にいたんだよな。終わってしまえばあっという間。
今度行くことができるのはいつだろう?なんとも寂しくなった・・・。

無事帰国
今回の取材も無事終了

.............................................................

さて、これにて「2015中欧3ヶ国の旅」の記事も「完」であります。
「進行形の旅」という誤解を招いてしまっているかもしれませんが、これは1年前のおはなしです。
1年前のことを記憶やレシートなどを頼りに記事にしていったわけですが。
時間が経ってしまった分、忘れてしまったことも多いです。
でも、余計なことをそぎ落として記事にできたとも思います。
また、来年もあらたな「取材記」を開始できればと考えております。
今年も拙ブログにおつきあいいただきましてありがとうございました。
また、来年もよろしくお願いいたします。
みなさま、よいお年をお迎えください!

カエル
ウィーン国際空港で捕獲したカエル
nice!(74)  コメント(16) 
共通テーマ:旅行

早朝のウィーン [2015中欧3ヶ国の旅]

2015年12月31日(木) 午前6時40分 オーストリア共和国 ウィーン

駅
Gumpendorfer Strasse 駅

2015年の大晦日。帰国の日である。
いつもなら、宿をチェックアウトし、荷物をフロントに預けてから行動を開始するのだが・・・。
今回はそんな必要も無い。
早朝にウィーンをちょいと巡って、すぐに宿に戻ってくるからだ。
戻ってきて、宿で朝食を取ってからチェックアウトである。

駅のホーム
駅のホーム

まずはシェーンブルン宮殿へ。
午前6時台に宿を出て、最寄り駅の地下鉄駅Gumpendorfer Strasse 駅へ向かう。
ここから1駅のLängenfeldgasse という駅で乗り換えて2駅。
ズバリSchönbrunn(シェーンブルン)という駅で降りればよいのでこれは近い。
シェーンブルン宮殿は2007年の1月に訪れたことがある。ほぼ9年ぶりということになる。
こんな早朝に訪れたのでは、建物内部には入ることはできない。
しかし、庭園であれば早朝から入ることができる。もちろん無料である。
あの広大な庭園を目にすることができれば、それでもうかなり満足だ。

まだ暗い
まだ暗い

フランツ・ヨーゼフ
2016年はフランツ・ヨーゼフ1世の没後100年だった

シェーンブルンの駅を出て、まだ暗い道を歩いて行く。
もう既に宮殿の壁がずっと続いているのだが、なかなか正門に辿り着かない。
寒い・・・。本当に寒かった。帰国後、この日のウィーンの気温を調べてみると・・・。
2015年大晦日のウィーンの最高気温は0度。最低気温は-5度であった・・・。
やっぱり建物に入りたいところだが、庭園の取材である・・・。
ようやく正門に辿り着いた・・・。

正門
シェーンブルン宮殿の正門

まだほとんど誰もいなかった。
私はこの自由な状況の中、宮殿を背景に記念写真を撮ることを試みた。
適当なところにコンパクトな三脚を立てて撮影するのだが、これがうまくいかない。
なんせまだ暗いのである。
フラッシュをたけば、ばっちり顔が写るけれども、モデルが悪いからどうしようもない。
そんなこんなで撮影に悪戦苦闘していたら、空がだいぶ明るくなった。

シェーンブルン宮殿①
シェーンブルン宮殿

宮殿の裏側の庭園に回り込んでみる。
ここもほとんど人がいない。ただ、独り占めしたような気分かというとそうでもない。
そんな余裕をかます思考ができない。とにかく寒いのである。
もう頭がガンガンしてきた。一応シェーンブルン宮殿は見た。よしとしよう・・・。
Schönbrunn 駅に戻ると、午前8時になるところ。
今度はシュテファン大聖堂だ。

シェーンブルン宮殿②
シェーンブルン宮殿

庭園
シェーンブルン宮殿の庭園

飛行機
飛行機が飛んで行く。私も数時間後には機上の人だ・・・

シュテファン大聖堂もまあ教会であるから、早朝から入ることができる。
塔に上るなどしなければ、ここも無料である。
Schönbrunn 駅からKarlsplatz 駅まで行き、乗り換えて1駅。Stephansplatz 駅に到着。
地上に出てくると、すぐそこにゴシック建築の大聖堂が聳えている。やっぱりすごい。
モーツァルトの結婚式、そして葬儀が行われた教会である。
モーツァルトの生家を訪れたことだし、今回の取材の締めにふさわしい気がしないでもない。

シュテファン大聖堂

シュテファン大聖堂

シュテファン大聖堂には10数分滞在した。
聖堂内を一周巡って外に出てきただけであるが、かみしめるように巡り外に出た。
もう終わりである。かみしめるように巡ったのは、「悪あがき」とも言い換えられるかも知れぬ。
宿に戻ろう。そして朝食を取りチェックアウト。空港に向かい、帰国である。
そうだ。私は2016年を帰国便の機内で迎えることになる。
こういうことは初めてだ。どんな感じだろうか?

聖堂内
聖堂内
nice!(89)  コメント(11) 
共通テーマ:旅行

ウィーンでの夕食 [2015中欧3ヶ国の旅]

2015年12月30日(水) 午後9時31分 オーストリア共和国 ウィーン

部屋
泊まった部屋

ウィーンの宿は"Altwienerhof"というところ。1泊59.50ユーロで今回の取材では最安値。
早期に予約していたので割引が適用されたのだった。
昔ながらのホテルという感じで、フロントではひげのおっさんがどっしりと座っていた。
内装もしゃれていて、どんなものか知らぬが、なんだかハプスブルクの名残を感じさせる。
部屋に入るとまた驚いた。私ひとりにとって無駄に広すぎる空間である。
スタンダード・シングル・ルームということで予約をしていたのだが。
地下鉄駅からも近く、なかなかいいところだと思ったが、明日にはもう帰国である・・・。

エレベーター
ホテルのエレベーター

ガイドブックを確認すると、宿の最寄り駅からウィーン西駅までは地下鉄で1駅である。
そのウィーン西駅はウィーンのターミナル駅のひとつで、2階にフードコートがあるらしい。
もう遅い時間である。そのフードコートで簡単に何か食べて今日は終わりとすればいいだろう。
たったの1駅であるから歩いて行ってみることにした。
別に地下鉄に乗ってもいいのだが、歩けそうだと歩いてしまう癖がある。

ホテルで
バスルーム

白い息を吐きながら、ウィーン西駅には午後10時頃に到着。
2階(ヨーロッパでいう1階)にあがると、確かにフードコートでいくつかお店がある。
しかし、客席はほぼ埋め尽くされていて、埋め尽くしているのはどうも難民であるようだった。
夜の遅い時間だから駅構内で暖をとっているのだろうか。外はもうだいぶ寒くなっている。
中には、アル中のような人もいて、旅行者が客席に座って食すような雰囲気ではない。

泊まったホテル

泊まったホテル"Altwienerhof"

今回の取材前、私は欧州の難民問題を気にかけながら取材ルートを設定した。
当初はザルツブルクからミュンヒェンへというルートを計画していたのだが、それは断念した。
難民問題の影響で、この区間の列車の運行状況がよくわからなかったからである。
だから、ミュンヒェンと反対方面のウィーンへ至るルートにしたわけである。
そんなこともあってか、ここまで難民問題を実感することもなくやってきたのだが。

ウィーン西駅
ウィーン西駅

何も食べないのはいやなので、適当にヴィーナー・シュニッツェルを購入。
今回、ブレッド湖のランチに続いて、2度目のヴィーナー・シュニッツェルである。
私は一度は空席をなんとか見つけ、そこに座り、購入したシュニッツェルをテーブルに広げた。
しかし、どうも異様な空間であり、やはり旅行者が食事をできる雰囲気ではない。
隣に目をやると、難民と思しき女性と目が合い、にこやかにほほえんできた。
私はどう対応したらいいのかわからなかった。

フードコートで
ウィーン西駅のフードコートで。ヴィーナー・シュニッツェル。7.90ユーロ

この状況でひとりシュニッツェルを完食するのは勇気がいる・・・。
カバンを探すと、中にビニール袋が1枚入っていた。
私は、このビニール袋に購入したシュニッツェルを紙皿ごと詰め込んで、宿に戻ることにした。
先述したように宿の最寄り駅までは地下鉄で1駅。このまま持ち帰ってもまだ温かいだろう。
そんなこんなで、今度は地下鉄でホテルに戻り、テーブルにシュニッツェルを再び広げた。
時刻は午後11時前。テレビを見ながら、かろうじて温かいシュニッツェルをビールで流し込んだ。

部屋に戻って
部屋に戻って

リンツからチェコのCBへ。ビール醸造所見学ができずリンツへ戻り。
リンツからウィーンへは私鉄に乗ってしまい。そしてウィーン西駅のフードコート。
波乱の1日であった・・・。
明ければいよいよ帰国の日。でも早起きしてウィーンをちょっと巡るつもりである。
如何あいなりますことやら・・・。

部屋の鍵
部屋の鍵
nice!(98)  コメント(12) 
共通テーマ:旅行

ウィーンへの道 [2015中欧3ヶ国の旅]

2015年12月30日(水) 午後2時37分 チェコ共和国 チェスケー・ブジェヨヴィツェ

CBで
CBで

お目当てであったビールと食事をとることができ、最悪の事態は免れることができた。
時刻は午後2時30分を回ったところで、醸造所では見学ツアーの最中であろう・・・。
いや、もうそのことを考えるのはやめにしよう。
リンツへ戻る列車はCB駅を午後4時13分に出る。
だからそんなに時間は無い。旧市街をもう一度目に焼き付けて、駅に戻ることにしよう。
と、CB駅に戻ってきたのだが、出発の1時間前に着いてしまった。早すぎた。
売店でCBのポストカードを買い、後はベンチでぼんやりして過ごす。

駅へ戻る
駅に戻る

CB駅構内
CB駅構内

リンツ行きの列車、R1545は出発の10分ほど前に到着。そして定刻に発車。
リンツにも何事も無く定刻に到着である。
早朝コインロッカーに預けたスーツケースを取り出し、最終目的地ウィーンへ向かう。
リンツからウィーンは特急で1時間ちょっとで着くらしいが、なるべく早く到着しておきたい。

コインロッカー
コインロッカー

翌日、大晦日。私は帰国するのだが、帰国の便が出るのが午後1時05分。
2時間前までに空港にいるとして、午前11時くらいには空港にいたいところである。
となると、ウィーンの取材はほぼできないであろう。
でも、せっかくだからシェーンブルン宮殿やシュテファン大聖堂はちらとでも見ておきたい。
2カ所とも早朝に訪れれば、ちょっと見るくらいならできるであろう。
だから、その早朝の取材に備え、今日は早く宿に到着しておきたいのである。

時刻表
19:01発の列車に乗ることにした

と、私の脳内はもう翌朝のウィーンでの行動のことでいっぱいである。
券売機でウィーン行きの乗車券を購入(34.30ユーロ)。
時刻表の掲示を見て、とにかく早く出るウィーン行きの列車に乗車した。
乗車したのは午後7時01分発のウィーン行きの列車。列車の種類は"west"と表示されていた。

これに乗った
この"west"というのに乗ったのだが・・・

やって来た"west"の列車は2階建てで、むちゃくちゃ混んでいる。
座席は空いておらず、私はデッキ付近の腰掛けられそうなエリアになんとか居場所を確保した。
発車して数分後、女性の車掌が検札にやって来た。
私の乗車券を見るなり、ドイツ語で何か話してくる。わからない・・・。全くわからない・・・。
私が絶句してるのを見た車掌は今度は英語で話しかけてきた。
これもよくわからない・・・。ただ、"private"という単語が聞き取れたのである。
そして、なんと次の駅で降りなさいというようなことを言っている・・・。

乗車券
問題となった乗車券

「プライベート」・・・。
私が所持していたのは"ÖBB"と印字されたオーストリア国鉄の乗車券である。
しかし、「プライベート」というと「私的な」というような意味の形容詞であるから・・・。
ハッとした!私は国鉄では無く「私」鉄の列車に乗車してしまったのではないか?
時刻表にあった"west"とはヴェストバーンという私鉄であるらしい・・・。
料金も国鉄より抑えられていて、ウィーンへの所要時間も国鉄より短いようだ・・・。
そりゃ、みんなこの"west"とかいう列車に乗るわけである。混んでいたわけだ。

Amstetten
Amstetten 駅

さて、困った私。国鉄も私鉄も同じ線路で走っているなんて考えてもいなかった。
日本で生活していて、あまりそういう感覚が無かった。残念なミスをしでかした・・・。
私は車掌の指示に従い、リンツの次の停車駅、Amstetten というところで下車。
次の国鉄のウィーン行き列車が来るのを待つことにした。
掲示板には次のウィーン行きは午後8時02分とある。まだ30分以上ある。
Amstetten の駅は寒かった。今回の取材。寒いと思ったことはこれまで無かったのだが・・・。

Wien Meidling
Wien Meidling 駅到着

午後8時02分。定刻通りにやって来たウィーン行きのオーストリア国鉄。
ガラガラである。停車する駅も多かった・・・。早く私をウィーンに連れてっておくれ・・・。
乗ること1時間。"Wien Meiding"という駅に到着した。
"Wien"を冠する駅がいくつかあり、どこで降りたらいいか不安であったが、ここで降りた。
ガイドブックを見ると、この駅から地下鉄に乗り換えて移動できるらしいので大丈夫だろう。
最後の最後で右往左往してしまったが、ホテル到着は午後9時30分頃。
いやあ。もうちょっと早く着きたかったなあ・・・。さて、今晩の食事はどうしよう・・・。

泊まったホテル
ウィーンの宿。"Altwienerhof"
nice!(109)  コメント(7) 
共通テーマ:旅行

CBでのランチ [2015中欧3ヶ国の旅]

2015年12月30日(水) 午後0時35分 チェコ共和国 チェスケー・ブジェヨヴィツェ

券売機
バスの券売機

醸造所見学ツアーを断念し、旧市街へ戻ることを決意した私。
現在の時刻は午後0時を過ぎたところ。ツアー開始時刻は午後2時である。
旧市街でランチを取り、醸造所へ戻ればツアー参加が叶うのではないか?
という考えが一瞬脳裏をよぎったが、それはさすがに無謀である。時間がなさ過ぎる。
歩いて旧市街に戻るのはうんざりなので、思い切ってバスに乗ってみた。
停留所に設置してある券売機で1回券を購入し、車内で打刻する。
適当に旧市街が近づいてきたところで下車をした。何も難しいことは無かった。

旧市街に戻ってきた
旧市街に戻ってきた

さあ、旧市街に戻ってきてしまった。
ここでこの町のビール、ブデヨヴィッキー・バドバーが飲めるお店を探す。
店先に赤いブデヨヴィッキー・バドバーの看板が掲げられているお店に入ればよい。
だから、探すのはとても簡単。そのうちのひとつ"Masné krámy"に入店してみた。
お昼時だからか、ここも混雑をしていた・・・。ひとりだが食事をできるか尋ねてみた・・・。
すると、何とここでも食事不可であった!やはり予約客でいっぱいであるらしい・・・。
何故こうなるのであろうか?
店から出てくると、外で集団のツアー客と思しき人たちがたむろしている・・・。
こういう人たちの予約でいっぱいなのであろうか?訪れた時間もしくは時期が悪かったのか?

満席でした
レストラン"Masné krámy"。食事できず・・・

気を取り直し、次なるお店を探す・・・。
しかし、ひとりでも入れそうな雰囲気のお店というのはなかなか無いのである・・・。
気にしないで入ってしまえばいいのだろうが・・・。
食事だけということであれば、あるイタリアンのお店などはガラガラであった。
だからそういうところに入ってしまえば、食事はすぐに提供されるであろう。
しかし、そのお店には、ブデヨヴィッキー・バドバーの看板が掲げられていなかった。
それに、そんなガラガラのところで食事をするのも癪である。
醸造所ツアーを断念したのである。もう妥協するわけにはいかないのである!

旧市街①
プジェミスル・オタカル2世広場で

私は30分ほど旧市街をさまよい続けたであろうか・・・。同じ路を何度も歩いた・・・。
すると、赤いブデヨヴィッキー・バドバーの看板が。"Panský šenk"というレストランだった。
このレストラン。今までチェックしていたであろうか?おそるおそる入店してみる・・・。
すると、入れるようであった。よかった!ようやく食事にありつける!
店の感じも、刀や甲冑などがディスプレイされ、中世の雰囲気が漂いなかなかよろしい。

入ったところ
レストラン"Panský šenk"。ここでついに食事

その喜びも束の間。
私は入店直後、ひとりでビールを飲んでいたひょろっとしたおやじに招かれ相席となった。
いやな感じである。見るからにこのおやじは泥酔をしている。
何事かを話しかけてくるが、語学がダメな私には何を言っているのかとんとわからない。
だが、このおやじの呂律が回っていないことは、語学がダメな私でもすぐにわかった。
おやじは一方的に何事か話し終わると、ジョッキを前にして苦悶の表情でうなだれている。
いやだ。こんなおやじと対面で食事をするというのはいやである。

入ったレストラン
レストラン内部

困惑していると、隣の席の中年夫婦が察してくれて、別の空席に誘導してくれた。
聞くと、シドニーから観光に来た夫婦ということであった。
お礼を言い、夫婦でビールを飲んでいる写真を撮ってあげた。
こうしていくつもの難関を乗り越え、私はようやくオーダーをした。
まずはビール!ついにありつけた。そして料理は・・・。適当にオーダーした。
チェコの蒸しパン、クネドリーキを食べたいが、適当に頼んでも付け合わせで出てくるだろう。

ビール
ブデヨヴィッキー・バドバー。35チェコ・コルナ(170円ほど)

ところが、最初にオーダーした品は今日は提供できないという・・・。
まあよくあることだ。また適当に代替となる品をオーダーした。
この間、ブデヨヴィッキー・バドバーをいただく。
冬であるが関係ない。実にシンプルな味で、気味が悪いほどにどんどん胃袋に入っていく。
ジョッキ2杯飲んで、まだいけそうだったが自重して、でも小ジョッキをもう1杯という具合・・・。

食べたもの
タタラーク。225チェコ・コルナ(1100円ほど)

そのビールとともにいただいた食事であるが、予想もしていない品が出てきた。
結論を言うと、モチモチしたクネドリーキは来なかった・・・。
その正反対とも言うべき、パリパリの揚げパンが出てきたのである。
その横に一見味噌のような物体が盛られている。これを揚げパンにつけて食べるらしい。
食べてみたが、ユッケを彷彿とさせる食品であった。
帰国後に調べたが、これは「タタラーク」という生肉(牛肉)の料理であった。
生肉。まあ、食した後も何も無かったし、おいしくいただいた。
むしろ、気になったのは添えられたニンニクである・・・。これをそのまま食べるのか?
疑問に思いつつも、私は2片ほどパリポリといただいてしまったのだった。
翌日、私は帰国の途に着くのだが、ニンニク臭漂うのを自覚していた。ここで告白しておく。

旧市街②
プジェミスル・オタカル2世広場で
nice!(100)  コメント(6) 
共通テーマ:旅行

CBの悲劇 [2015中欧3ヶ国の旅]

2015年12月30日(水) 午前11時47分 チェコ共和国 チェスケー・ブジェヨヴィツェ

チェコのポスト.jpg
チェコの郵便ポストはこんな感じ

旧市街の空間を抜け、ビール醸造所を目指す。
大通りをまっすぐ行けばいいのだから、迷いようがない。
しかも、遠くに醸造所らしき建物が早くも見えている。
さて、これから訪れる醸造所では、ブデヨヴィッキー・バドバーというビールを造っている。
チェコ語だと"Budějovický Budvar"。これを英語にすると"Budweiser Budvar"。
つまりはバドワイザーであるのだが、本家はこちらチェコなのである。

通りをまっすぐ行く
ひたすらまっすぐ行く

遠くの方に醸造所の建物は見えていたのだが、なかなか近づいてこない。
結局、ガラス張りの醸造所の建物に到着するまで、20分ほど歩いただろうか。
自動ドアを抜けると、右にブデヨヴィッキー・バドバー・グッズを扱うお土産屋。
ここでは何らかの品を購入するつもりでいるが、それは後回し。
まずは醸造所ツアーの予約をしなければならないのである。
せっかくここまで来たのに、ツアーが定員に達し、見学不可なんてことになったら!
真っ先に受付で午後2時からのツアーに参加したい旨告げ、チケット購入。
120チェコ・コルナである。600円ほどであろうか。

醸造所
ブデヨヴィッキー・バドバーの醸造所

建物内部
建物内部。お土産屋がある

時刻は正午を過ぎたところ。ツアーは前述の通り午後2時から。
それまでは、併設のレストランでランチを取ろう。
過去のチェコ訪問を想い出すと、印象深い食べ物はクネドリーキである。
クネドリーキはモチモチした蒸しパン(正確には茹でパン)である。
肉料理なんかの付け合わせでよく出てきた。あれをもう一度食べてみたい・・・。
もちろんビールもいただこう。ただしランチで飲み過ぎてはダメである。
ランチで飲み過ぎてしまっては、ツアー中にトイレに行きたくなってしまうかもしれない。
ツアーは60分ほどだというが、その間に我慢できなくなり、中途で脱落という失態は避けたい。
それに、ツアーではタンクから直に汲んだビールをいただけるのだ。
ランチで飲むのは、ほどほどにするべきである。

ビールがいっぱい
ビールがいっぱい

ビールケース
ビールケースがいっぱい。アンディ・ウォーホルみたいだな・・・

そのようなことをいろいろと考えながら、私は張り切ってレストランに乗り込んでいった。
しかし、そんな私に待ち受けていたのは、満席のレストランであった・・・。
見るからにとても混雑をしている。でも私は1人なのだ。1つくらい空席はあるだろう。
スタッフに人数を聞かれてもいないのに、人差し指を立て「1人です」とアピールをする私。
しかし、スタッフは首を振るばかり・・・。いったい、どういうことなのだ!
ボケッと立ち尽くしていると、スタッフは英語で説明してくれた。
今は予約客でいっぱいで、予約が無いと受け付けられないのだという。そんなバカな!
私は食い下がった。もうちょっと後の時間に来れば大丈夫でしょう?と尋ねる。
スタッフは伏し目がちにソーリーと言った。今日は予約客オンリーであるらしい。バカな・・・。

レストラン入口
レストラン入口

悄然として、私はレストランから出てきた。
その私の横を、食事をしてきたばかりの、恐らくは日本人のおばちゃん達が通り過ぎる・・・。
私の方を気の毒そうにチラチラと見ている・・・。こ・・・、こっちを見るな!
もう限界であった。昨晩、そして今朝。私はサンドウィッチの類いしか口にしていないのである。
それでもいいと思ったのは、ここCBでおいしい料理とビールを楽しむつもりでいたからだ。
しかし、その楽しい食事ができないとなると・・・。

ジョッキ
ビール・ジョッキがたくさんロッカーに入っている。常連さんの「キープ・ジョッキ」だろう

レストランの建物の入口を改めて振り返ると、何やら貼紙がしてあった。
チェコ語であるから意味がよくわからないのだが、"REZERVOVÁNA"の文字が掲げられている。
これは・・・。おそらく英語で"RESERVE"とかそういう「予約」を意味する類いの単語なのだろう。
張り切ってレストランに入っていった私に、こんな貼紙など目に留まるわけが無い・・・。

貼紙
貼紙。"REZERVOVÁNA"の文字が・・・

ここで、私は無念の決断をした。醸造所ツアー不参加である。
もちろん食事抜きでも醸造所ツアーに参加すれば、タンクから直に汲んだビールが待っている。
きっと、さぞおいしいのだろう。しかし・・・。私はどうしても食事をしたかった・・・。
120チェコ・コルナは無駄になってしまったが仕方が無い。私は食事がしたいのだ。
私は旧市街周辺に戻り、ブデヨヴィッキー・バドバーが飲めるレストランを探し歩くことにした・・・。

ジョッキ
傷心の私は、最後にお土産屋で0.5Lのビール・ジョッキを購入。醸造所を後にした・・・
nice!(103)  コメント(9) 
共通テーマ:旅行

CBの旧市街 [2015中欧3ヶ国の旅]

2015年12月30日(水) 午前9時54分 チェコ共和国 チェスケー・ブジェヨヴィツェ駅

CB駅
チェスケー・ブジェヨヴィツェ(CB)駅

チェコに来て、やらなければならないことがある。
それはビールを飲むことである。
いや、それはそうなのだが、その前にやることがある。
チェコの通貨、チェコ・コルナを手にすることである。チェコの通貨はユーロではない。
駅前のスーパーにATMが設置されていたので、ここで500チェコ・コルナの紙幣2枚を引き出した。
1000チェコ・コルナで、これで日本円だと5000円くらいであろうか。
この町でどれだけ銭を使うかはわからないが、足りなくなればカードで支払うつもりである。

チェコ・コルナ
チェコ・コルナを入手

さて、私がチェコを初めて訪問したのは2002年の8月のこと。
この時、中欧は大洪水にみまわれていたのである。
プラハの地下鉄は運休となり、移動に苦労した。街のあちこちに土嚢が積まれ、道は泥だらけ。
その泥と対照的なパステルカラーの建物が連なっていたのが、とても印象に残っている。
ここCBでも、そのときを想い出させるような色彩の建物が続いていた。
目的地へ急ぎたいのだが、足を止めて見入ってしまう建物がいくつもあった。

CBで①

CBで②

CBで③
以上3枚、旧市街広場に向かう途中で

駅からラノヴァ通りをまっすぐ進めば、CBの旧市街広場。
視界が開け、旧市街広場に到着すると、思わず感嘆の声を上げてしまった。
そこは、プジェミスル・オタカル2世広場という名のほぼ正方形の広場。
その正方形の広場の四方が、やはりパステルカラーの美しい建物で覆われている。
これらはバロック様式、ルネサンス様式の建物が混在しているということである。
まずは、この正方形の一辺一辺をぐるりと見て回る。
お土産屋さんがあるので入ってみたが、ポストカードがやたら置いてあった。
見てみると、CBではなく、チェスキー・クルムロフのポストカードであったりする。

広場①

広場②

広場③
以上3枚、プジェミスル・オタカル2世広場で

チェスキー・クルムロフは「世界で最も美しい街」とも称される世界遺産の街。
そんなこともあり、CBよりはチェスキー・クルムロフの方がメジャーな観光地である。
だから、CBにおいてもチェスキー・クルムロフ・グッズが混じって売られていたりする。
しかし、私の目的はビール醸造所なのである。
チェスキー・クルムロフ・グッズなぞには目もくれない・・・。

教会
旧市街にある聖ミクラーシュ教会

さて、CBのビール醸造所にはどのようにして向かえばよいのであろうか?
ガイドブックを開いて、地図を見てみるが、ビール醸造所は地図の欄外なのであった・・・。
地図の欄外に矢印が向き、「この先が醸造所」という表記のされ方である。
・・・。欄外の進路を委ねられてしまった・・・。
ガイドブックの欄外にはバスでの行き方が記載されてはいたが、乗りこなす自信がない・・・。

チェコの寿司

旧市街の寿司屋

広場の市庁舎が入る建物に、インフォメーションがあったので入ってみた。
すると、大きな地図が置いてあった。これを1枚いただいて、醸造所の場所を確認してみる。
醸造所には歩いて行けそうであった。醸造所は旧市街の北に約1キロ行ったところのようだ。
Pražskáという旧市街の北にある大通りをまっすぐ行けばいい。
現在の時刻は午前11時。醸造所のツアーの開始時間は午後2時。
ぶらぶらとCBの町を楽しみながら、ゆっくりと醸造所のある北方面に歩いて行けばいい。
醸造所にはレストランも併設されているので、そこでランチを食べればよい。万事順調だ!

マルシェ川
マルシェ川。すぐ先でヴルタヴァ川と合流する

取材の見通しも立ち、私はCBの旧市街周辺の小路を歩いてみた。
アンティークや古本のお店があったりして、なかなか面白いところである。
1軒の古本屋さんに入ってみた。
奥の方まで、びっしりと古本が並んでいて、入口近くのレジでおばさんがちょこんと座っている。
ドブリーデン。と言って挨拶するも、どこを見ていいものやらわからない・・・。
チェコ語の古本など購入しても読めるわけないのだし・・・。

旧市街で
CB旧市街で

入った古本屋
この古本屋に入った

しかし、私はここでカエルの捕獲に成功したのであった!
そのカエルは、古い動物図鑑の図版の中で生息していた。カエルは三次元とは限らない!
古本の図版の1ページが切り取られて、販売されていたのである。迷わず捕獲である。
値段は忘れてしまったが、高いものではない。
しかし、チェコで始めての買い物となるので、私には小銭が無かった・・・。
レジのおばさんに、その旨告げると、問題ないよという風に笑って袋に包んでくれた。
わずか数時間の滞在となるチェコでカエルを捕獲でき、なかなか幸先がよいCBである・・・。

買ったもの

古本屋で買ったもの

カエル
捕獲したカエル。もうすぐヘビに食べられてしまうところであった・・・
nice!(113)  コメント(6) 
共通テーマ:旅行