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美術館と郵便局 [2016K23次で行くモンゴルの旅]

2016年9月20日(火) 午後1時32分 ウランバートル ザナバザル美術館

ザナバザル美術館
ザナバザル美術館

昼食をとったレストランのすぐそばにあるザナバザル美術館というところに行ってみた。
ガイドブックには、「ザナバザル」というのはモンゴル人初の「活仏」の名とある。
「活仏」と言われてもピンとこないが、とにかく偉い仏教指導者の名であるようだ。
そのザナバザルは偉い仏教指導者であると同時にすぐれた芸術家でもあったそう。
この美術館では、そのザナバザルの手による仏像群を観ることができるのだ。

入場料は8000トゥグルク(360円くらいか)。
壁を見ると「写真撮影45000トゥグルク」と掲示されている。
・・・。これは2000円くらいか・・・。なんじゃこりゃ・・・。
驚いて、思わずチケット売り場のスタッフに本当に45000トゥグルクなのか尋ねてしまった。
スタッフは表情を変えることなくうなずくのみである・・・。

というわけで、ザナバザル美術館。内部の写真は1枚も無いのであります・・・。
美術館はガラガラであった。美術館自体、かなりガタがきている。
展示品はモンゴルの民俗的な資料などから展示されていたが、いまいちピンとこない。
自然と歩が早くなるが、この美術館はそんなに大きいところでは無い。
これではあっという間に外に出てしまうと思われたし、実際、滞在時間は短かった。

ただ、面白く観たものが2つあった。
ひとつはやはりザナバザルの作品群であった。
2階の一室にザナバザルによる金銅の仏像がずらりと並ぶ空間がある。
仏像は高さ50センチくらいだったろうか。それほど大きいものではない。
様々な神が1体1体、硝子ケースの中で鎮座している。その表情に引きつけられた。
ガイドブックによるとザナバザルは「モンゴルのダ・ヴィンチと呼ばれる」のだそうだ。

もうひとつは、20世紀前半に活躍したモンゴルの画家マルザン・シャラヴの作品群である。
シャラヴの作品は大きく分けて肖像画、風俗画とが展示されている。
肖像画はとても写実的であるけれど、一方風俗画はどこか漫画のようなユーモラスなものだ。
風俗画ではモンゴルの人々の生活を俯瞰して細かく描いている。
私はなんだか「ウォーリーを探せ」を思い出してしまった。
ブリューゲル(父)の作品にも似ているかもしれない。
と、いろいろ説明しても私の文章がへたくそであるので、そろそろ次の場所へ向かう・・・。

向かったのは中央郵便局であった。
特に用があるわけでもなかったが、通りかかったところ、内部にお土産屋があるようだ。
ちょっと覗いてみよう。と入ってみると、壁一面に私書箱らしきものがびっしり。
勝手な想像だが、モンゴルではあまり郵便配達をしないのではないだろうか?
郵便物は郵便局に取りに来ることが普通なのではないだろうか?
さて、中央のカウンターでは、いろいろ記念切手を売っていた。
ここで私は思わず2種の切手シートを購入してしまったのだった。

中央郵便局
中央郵便局

1種は「朝青龍切手」である。
朝青龍の民族衣装を着て乗馬をしている姿、野球のユニホーム姿、そして土俵入りの姿。
やんちゃであったこの大横綱の姿をよく伝える絶妙な3枚の写真であると言えよう。
もう1種が「モンゴルと日本の親善友好記念切手」というものである。
これは驚いたのだが、いわゆる「オリンピックおじさん」が主役の切手シートなのである。
「オリンピックおじさん」がモンゴル出身力士とツーショットでいる写真が切手となっている。
朝青龍、旭鷲山、白鵬、日馬富士、旭天鵬、そして今は亡き時天空という面々。
2007年に出た切手らしいから照ノ富士や逸ノ城はまだいない。あれ?鶴竜は・・・。

購入した切手
2種の切手シート。合わせて6270トゥグルク(280円くらいか)
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ザイサン・トルゴイ [2016K23次で行くモンゴルの旅]

2016年9月20日(火) 午前10時37分 ウランバートル ザイサン・トルゴイ

階段を上がる
階段を上がる

ザイサン・トルゴイの階段は、とてもキツそうではあったが、上り始めたらそうでもなかった。
みるみるうちにウランバートルの中心部が遠方に見えてきた。
高所恐怖症の私にとっては少々おっかないところでもあった。
階段に手すりはあるものの、片側にだけしか設置されていない。
何かのはずみで転倒すれば、丘から真っ逆さまに転げ落ちてしまいそうである。
そのようなことはまずないだろうが、そういうことを考えてしまうのが恐怖症である。

兵士像

兵士像

遠方からザイサン・トルゴイのモニュメントを見た際、天に突き出た部分があった。
あれがこう間近に見ると、ヘルメットを被った巨大な兵士像であることがわかる。
右手でこれも巨大な旗を掲げていて、その旗に「鎌と槌」が配されているという具合。
兵士の顔つきからしてもソ連兵を讃えるものであろう。
この巨大な石像に付随して円形のモザイク画がある。
内容は第二次大戦でドイツや日本を撃ち破ったことを記念するものである。
だから、黒十字や旭日旗が踏んづけられていたりするのである。

壁画①

壁画②

ザイサン・トルゴイ①
ザイサン・トルゴイ。レーニンの横顔がある

ここからは360度、ウランバートルの景色を楽しむことができる。
丘の後方(中心部と反対側)はまた別の丘がいくつもある山がちな風景。
そこにまだ新しい、または建設中の住居。いや、放棄されてしまったような建物もある。
それらの合間にはよく見ると伝統的なゲルが点在する。
こうしてみると、ウランバートルが盆地にできた街であることがよく実感できた。
空の色は日本より濃いように見える。
ウランバートルは標高1300メートル余りの所にある都市である。だからなのだろうか。

ザイサン・トルゴイ②

ザイサン・トルゴイから①

ザイサン・トルゴイから②

さんざん歩いてきたので、ザイサン・トルゴイでこうした風景を見てぼんやりしていた。
そこへ日本人観光客の団体がやって来た。ツアーで訪れているようである。
モンゴル人の日本語ペラペラなガイドさんが何やら説明をしていたので、こっそり聞いてみた。
「お金持ちの人はどんどん郊外に移っていますよ・・・」
やはりウランバートルは大気汚染がひどく、経済的余裕のある人は郊外へ移住しているらしい。
あらためて、現地で撮影した写真を今見てみると・・・。
なんだか青空と都市の境、中間の大気が煙っていて、悪い粒子が滞留しているように見える。

階段を下る
階段を下る

そんな大気の悪いウランバートルなのであるが、私は帰りも徒歩で中心部まで戻った。
バスでもいいのだが、乗り方がよくわからないし、スリ多しとガイドブックに記述があった。
そんなに神経質になることでもなかったのかもしれない。
で、マスクなしでウランバートルを歩き続けた結果。
私ののどは風邪のような症状に陥った・・・。

マンホール
ウランバートルのマンホール

ウランバートルの治安について言えば、滞在中、私は何も危険な目に遭うことはなかった。
まあ、数日しか滞在していないのだから偉そうなことは言えない。
しかし、「マンホール・チルドレン」などの印象もあったものであるから・・・。
そういえば、ウランバートルのマンホールはペイントが施されていた。
これは過去の暗いイメージを払拭する工夫であるのかもしれない。

レストラン
レストラン

さて、さんざん歩いて中心部に戻ってきたらもうお昼である。
"TUUL"というレストランに入って昼食をとることにした。
モンゴル料理がちょっとずつセットになったものを注文(9900トゥグルク)。
餃子風だったりピロシキ風だったり、中国、ロシアの影響を感じさせるものである。
あとはビール。"АЛТАН ГОВЬ(アルタン・ゴビ)"という瓶ビール(4500トゥグルク)。
疲れも幾分安らいだところで、もうちょっとウランバートルを取材である。

食べたもの
食べたもの
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ザイサン・トルゴイへ [2016K23次で行くモンゴルの旅]

2016年9月20日(火) 午前7時46分 ウランバートル

朝
朝。ホテルの窓から

ウランバートルで迎える2回目の朝。
しかし、今日でウランバートルともお別れである。
夕刻、MIATモンゴル航空で北京へ飛び、一泊した後、帰国である。
したがって、モンゴルの広大な草原を取材しに郊外に飛び出す余裕なぞない。
まあよい。北京から乗車したK23次の車窓から、その一端は垣間見られたと思っている。

朝食
朝食

さて、夕刻までの間、どこへ行くことにしようか。
ガイドブックを見て、ザイサン・トルゴイという丘の上に建つモニュメントに行くことにした。
ザイサン・トルゴイはウランバートルの南部にあるが、今私のいるホテルから3キロほどの距離。
バスで向かえば楽ちんなのだろうが、3キロであれば歩けそうな気がした。
そういうわけで、ぶらぶらと歩いてザイサン・トルゴイという所まで行くことにしたのである。
ついでに言うと、私はモンゴル滞在中、バスを一度も使わなかった・・・。
ホテルをチェックアウトし、スーツケースをフロントに預けて街歩き開始である。

南へ
南へ

ウランバートルの街は複雑に入り組んでいるわけではないから、道に迷うことはない。
私はチンギスハーン広場から南に延びるチンギス大通りをひたすら南に歩いて行った。
3キロ。30分ほどで目的地に辿り着くと思われた。
しかし、初めての土地の3キロは慣れ親しんでいる土地のそれとは違うのである。
いくら入り組んでいないからといって、初めての土地を歩くのは緊張感もあり疲れるものだ。
それに空気が悪い。これは盲点であった。ウランバートルは空気が悪い。
通り過ぎる自動車、特にバスは真っ黒な排気ガスを排出しながら去って行く。
私はマスクの準備もしていない。ハンカチで口元を押さえるなどしてみたが効果はなかった。

バス停留所
バス停留所

ボグドハーン宮殿美術館
ボグドハーン宮殿美術館

右手にボグドハーン宮殿美術館と思われる建物が見えた。
ガイドブックの地図によれば、ザイサン・トルゴイはこのもっと先である。
丘の上に建つモニュメントであるから、そろそろ見えないものか?
遠くを見ていたら、そのモニュメントが見えた!
まだ遠そうだ。しかもかなり高いところにあるモニュメントのように見える。
あんな所まで上るのか。もうここまで来てしまったから引き返すわけにもいかぬ。

丘の上のモニュメント
中央に見えるのがザイサン・トルゴイ

道は次第に緩やかな登りになっていく。
ザイサン・トルゴイはどんどん近づいてきたが、その前に黄金の大仏様が目に入った。
見るからにまだ新しそうな大仏様だが、御前で記念撮影をしてザイサン・トルゴイへ。
だが、どういうわけか、この至近距離で私は誤った方向へ歩き出してしまったのである・・・。

大仏様①
大仏様。その1

大仏様②
大仏様。その2

行けども行けどもザイサン・トルゴイの姿は現れない。
最前までしっかりとモニュメントの姿が見えていたのが見えなくなってしまった。
おっかしいなあと思いつつも引き返すのも癪なんで、そのままずんずん歩き続ける。
すると、予期していたのとは反対の方向にザイサン・トルゴイのモニュメントの姿が現れた。
どうも私はザイサン・トルゴイのモニュメントが建つ丘の周囲を歩いているようである・・・。
周囲は歩かなくてよい。丘に上りたいのである。その入口はどこなのか?

これ如何に
"KOREAN RESTAURANT"で"sushi"とは、これ如何に

あんなところに
予期せぬ方向に目的地が・・・

ザイサン・トルゴイ
ザイサン・トルゴイ

ザイサン・トルゴイのモニュメントに、「鎌と槌」が刻されているのがはっきりと見える。
1971年に建てられたモニュメント。まだこの国がバリバリの社会主義国家だった頃のものだ。
モニュメントを見上げながら道なりにどんどん進んでいくと、ようやくそれらしきところへ。
黄金の大仏様からすぐのところに、丘に上がる階段があったのに、それに気づかず遠回り・・・。
それでも着いた。階段を上ることにしよう。
この時点でだいぶ歩いていたが、こりゃ体力奪われそうな階段だな!

階段
ザイサン・トルゴイへの階段
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