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帰国前夜 [2017ベトナムの旅]

2017年5月7日(日) 午後3時54分 ベトナム社会主義共和国 ホーチミン

ベンタン市場①
ベンタン市場(北口)

統一会堂から出てきて、そのまま歩いてベンタン市場へ向かうことにした。
ベンタン市場はホーチミン市最大の市場である。
ただ、ここで何かを購入しようというわけではない。ただ、寄ってみるだけである。
ここで買い物するには値段交渉が必須で、しかもなかなかまけてくれないというからである。
じゃあ、ベンタン市場で購入するメリットは何なのだろう?などと私は考えてしまう。
買い物交渉を楽しみたい人にはいいのかもしれないが、私には面倒くさいし、苦手である。
とはいっても、まったく市場に寄らないのも何なので、一応寄ってみたというだけのことである。

ベンタン市場②
ベンタン市場

統一会堂から市場に向かうと、レタントン通り側の北口から市場内に入ることになる。
足を踏み入れる。カメラをぶら下げた私は絶好のカモである。すぐに声をかけられる。
おにいさん。こんにちは。アンニョンハセヨ。そんな言葉が届いてくる。
なんだ!アンニョンハセヨというのは!ひどい場合には腕をつかまれる。
それをふりほどき、私は市場内の店舗に目をやることもない。
ひたすら市場内を直進し南口から市場の外に出たのだった。おそらく2分もいなかったろう…。

ホーチミンで

市場の喧噪から逃れるとほっとして、コンビニの中に入った。
ホーチミンはコンビニがかなり増えてきたようで、これはまさに便利である。
私は何度かコンビニで缶ビールを買い求め、ホテルの部屋で飲んだりした。
この時もそうで、冷えた缶ビールを買い、マジェスティック・ホテルに歩いて戻っていった。

部屋でビール

部屋で休んでいると、午後5時近く。もう特に行くところもない。
部屋にいてもしようがないので、ばらまき土産を探すべく、またドンコイ通りに出てみた。
すると、ラッキー・プラザというところがあった。
なんとも安易なネーミングであるが、ここにお土産屋さんがあり、いろいろ雑貨を売っている。
ここがまた、プチ・ベンタン市場とでもいうべきようなところであった。
ここでも店員に腕をつかまれた…。やめてくれーっ…。

サイゴン川
サイゴン川

そのまま上階に上がると、スーパーマーケットがあった。
たいていのものはここでそろえることが出来そうだった。
食料品や日用雑貨だけでなく、観光客向けのお土産もいろいろ充実していた。
普通のスーパーマーケットのようなところなので、ここでは店員に腕をつかまれることもない。
日本人観光客も結構いて、みんなここでばらまき土産を購入しているようだった…。
私もここでばらまき土産を購入…。

マジェスティック・ホテル
マジェスティック・ホテル

雨が降ってきた
雨が降ってきた

ラッキー・プラザから出ると、路面が濡れている。
ここまで天気には恵まれていたが、ここで雨が降ってきた。
もう陽も落ちた。それではベトナムで最後の夕食をとることにしようか…。
そこで入ったお店は、ラッキー・プラザのすぐそばの「フォー24」(2日連続)…。
食べたものも昨晩と同じ、フォーと生春巻きのセット…。まあ、いいんですこれで。

フォー24
フォー24

ホテルに戻ると、もうさすがに今回の取材も終わりが近づいてきた。
翌日は朝8時20分発のJL750便で帰国であるから、早起きをする必要がある。
とは言っても、まだ午後8時になろうとする頃で、就寝するには早すぎる。
テレビをぼんやり見ていても時間の無駄のような気がして、ホテルの8階へ。
向かった先は「エムバー」(2日連続)…。
昨晩と同じ「マジェスティック・ホテル」というカクテルを注文…。
まあ、いいんですこれで。

また飲んだ
また飲んだ
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統一会堂 [2017ベトナムの旅]

2017年5月7日(日) 午後2時25分 ベトナム社会主義共和国 ホーチミン 統一会堂

バンケットホール
バンケットホール

統一会堂には部屋がいくつもあり、いちいち載せていくと取り留めの無いことになる。
今回はいくつか印象的な部屋を載せて記事とする。
まずは、バンケットホール。約100人収容可能である。
この部屋では大統領の就任祝賀のディナーが行われたりしたらしい。
正面にある絵画はこの建物を設計した建築家ゴー・ヴィエト・トゥによるもの。
この人は建築だけでなく絵画もした人であるらしい。

カンファレンスホール
カンファレンスホール

次は、カンファレンスホール。
今では「鎌と鎚」、ベトナム社会主義共和国の国旗が掲げられているカンファレンスホール。
ここは約500人収容可能。内閣の任命式などで使われた。
ベトナム戦争終結後の1975年11月には、南北統一のための会議が開かれたそうだ。
現在でも、重要な公式行事などで使用されるという。

国家安全保障会議室①

国家安全保障会議室②
国家安全保障会議室

続いて、国家安全保障会議室。
南ベトナムの地図が何枚も掲げられていて、いかにもここで作戦会議をしていたような雰囲気。
実際、南ベトナム大統領と高官、さらにはアメリカからのアドバイザーが会議をしていた部屋である。
私は思わず昨日までいたニャチャンを地図で探してみた。
ニャチャンもかなりの激戦地だったということである。

大統領執務室
大統領執務室

大使接見室
大使接見室

大使接見室。
各国大使はこの部屋で信任状を大統領に提出していたということである。
この部屋はなぜだか日本風ということなのだそうで絵画も漆塗り。
奇しくもここで最後に大統領に接見したのは、日本のHiroshi Hitomiという人だったらしい。

写真
中央で床を指さしている人物が建築家ゴー・ヴィエト・トゥ

同じアングルから
上の写真と同じアングルで撮ってみた

外の風景
1975年4月30日。噴水の向こうにある正門に戦車が突入したのだった

上の階に上がると、ビリヤード台が置いてある娯楽室などがあった。
なかでも印象的なのは、映写室である。どんな映像が映写されていたのだろう?
映写の機器が日本製だったのが興味深かった。
そう言えば、下の階には厨房があったが、ここでの機器も日本製のものであった。

映画館
映画館

映写機器
映写機器

厨房
厨房の機器も日本製

最上階にはヘリポートがある。
ここには、大統領のためにヘリコプター(UH-1)が常駐していたとある。
今も同じ型のヘリコプターがそのヘリポートに展示されている。
そのヘリコプターの近くに2つ赤い円でマークがある。
これは1975年4月8日に爆撃を受けた場所を示しているということだ。

ヘリポート
ヘリポート

射撃場
地下の射撃場

地下階は射撃場があったりして、上階の豪華な空間とは雰囲気が異なる。
敷地外に脱出するトンネルも地下にあるといわれている。
お土産屋さんがあるのも地下階であるが、これはごく普通のお土産屋さんであった。
ホーチミンの街中のお土産屋さんとさほど変わらぬ品揃えであったように思えた。
統一会堂地下の生々しさと妙なギャップがあった。特に何も買わず…。

ベンツ
地下に大統領専用のベンツがひっそりとあった
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