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2010欧州5ヶ国の旅 ブログトップ
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またも不安な旅立ち [2010欧州5ヶ国の旅]

2010年4月28日(水)、午前7時54分、成田国際空港

4月28日の朝、成田空港にいつもと変わらぬ表情で搭乗手続を行う「りんこう」がいた。
だが、その心境たるや穏やかなものではなかった。
出発の一週間前まで欧州の主要空港は軒並み閉鎖されていたからである。
言うまでもなく、これはアイスランドの火山灰の影響である。
私はこれからその欧州の主要空港のひとつヒースロー空港に向かおうとしているのだ。
今回の取材はヒースローで乗り継いで目的地に向かう。帰りもヒースローで乗り継いで帰国。

数ある欧州のハブ空港の中でこの「ヒースロー乗り換え」であったから悩みはとりわけ深かった。
ヒースローは距離的に他の欧州の大陸にある空港よりはアイスランドに近いわけで、
火山灰がアイスランドから欧州大陸のほうへ飛散してきたらまず影響を受けてしまう空港であろう。
無事に欧州に着いたとしても、帰りに空港で足止めということも当然あり得る。
そういう状況に陥っている人たちをこれでもかとニュースで見て不安に苛まれたではないか…。

成田空港
成田空港

思えば去年、チェコ、ポーランド取材時も新型インフルエンザの騒動の中の出発だった。
私はあの時も相当不安ではあったが取材の中止のことまでは考えなかった。
だが今回、私は取材敢行の3日前まで取材の中止を真剣に検討していた。
私の利用する航空会社は今回はキャンセルしても航空代金は全額返金すると声明を出していたし、
予約している宿も3日前までにキャンセルしておけば、キャンセルチャージはほとんどないだろう。
まあ、3日前までに「取材中止」の決断をすれば、損失は1~2万くらいで済むと思われたのだ。

思い切って火山灰の影響のない地域の取材に変更しようか?
そんなことを考えたりもした。だがそんな急ごしらえで充実した取材ができるだろうか?
いや、そのドタバタ具合が面白いのではなかろうか?いや、やはり危険ではなかろうか?
世界地図を広げて、新たなる取材先の候補地を考えてみる。いろんな考えが交錯した。
そして、新しい取材計画など作り上げることができぬまま時間だけが過ぎて行った…。

毎度おなじみ「時刻表」
毎度おなじみ「時刻表」

4月28日。前述の通り私は当初の計画通り成田空港に来てしまっていた。
ネットでアイスランドの火山活動の情報を収集したところ、とりあえずは小康状態であるようで、
これは1週間ほどであれば、行って来られるのではないか?という判断である。
逆に言えば、今行かないと今度いつ欧州に取材に行けるかわからないような気もしていたのである。
空港内には祖国に帰れないいわゆる「空港難民」の姿などはもう無い。いつもの空港だ。
保険加入時に「アイスランドの火山」は対象になりません。と言われたのがいつもと違う点だった…。

さて、今回は試みとして、取材記の冒頭に取材ルートを公表することはあえてしないでおきます。
読み進めていただく内にどこをどう通過していったのか楽しんでいただければと思います。
結果的にはかなり計画通りに取材をしてくることができました。相当疲れましたが…。
あと、いつも以上にビェールの写真が呆れるほどでてきますが、どうかお許しください…。
さあ。「りんこう」がどこに到着し、何を取材したのか?また次回です。

搭乗前に…
搭乗前に…。さっそく飲んでます…。
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最初の目的地到着 [2010欧州5ヶ国の旅]

2010年4月28日(水)、午前10時45分、成田国際空港 BA6便の機内

今回まず搭乗したのはブリティッシュ・エアウェイズ(BA)6便ロンドン行きである。
取材の1カ月ほど前だったろうか。ブリティッシュ・エアウェイズのストのニュースを聞いた。
この報にびくびくしながら日常を過ごしていた私に追い打ちをかけるように火山灰のニュース…。
いやはや、海外に脱出することは実はなかなかたいへんなことのようで…。
それでも、BA6便はスト?何ですかそれは?火山灰?何ですかそれは?といった風で、
成田を離陸する頃には私も狭いエコノミーの座席でのんきにうたた寝をしていたのだった…。

BA6便
BA6便

ロンドンまでの長時間のフライト。火山灰の影響かどうか空席がほんの数席だがあった。
機内では提供された機内食を食べ、要求したアルコール類を飲み、たまにトイレに行き、
睡眠を試み、その結果1~2時間ほど眠り、フライトの地図を確認すればまだシベリア上空…。
その後イヤホーンを取り出し、音楽や映画を視聴。いつもそうだが環境が悪く楽しめない。
ロンドンが近づくと、窓側に座していた親子が景色を見ながら「タワー・ブリッジだ!」と言った。
あれは上空から確認できるものなのだろうか?通路側に座した私にはわからなかった。

機内食①
機内食①

機内食②
機内食②

ともあれ、私は無事にロンドンまではやってくることができた。もう後戻りはできない。
着いたのはターミナル5でここで乗り継いで今回の取材の最初の目的地へ向かうのである。
ヒースローも火山灰の影響はもはや感じられない。時刻表にも「キャンセル」の文字など無い。
つまり、私はとりあえず最初の目的地には行くことができるようなのである。
さて、その目的地へのフライトまでは2時間以上時間がある。当てもなくターミナル内を歩く。
買い物をしても荷物になるし、食事をするほど腹も減ってはいない。これは時間を持て余した。

無事ロンドンに到着
ヒースロー空港にて

2時間後。目的地へ向かう便はほぼ定刻通りにヒースローから飛び立った。
ここから2時間ほどのフライト。今度は景色を楽しもうと窓側の座席を指定していた。
窓から空を眺めると、一週間前この空を火山灰が支配していたのかと思わず考えてしまった。
そして、どうにか私が帰るときまでは影響がありませんように…。思わず全く自分勝手なお願いを…。
目的地の空港に着いたのは現地時間4月28日20時20分頃。空はようやく暮れようとしている。

最初の目的地到着

最初の目的地到着


こうして私は無事最初の目的地ミュンヒェンにやって来たのだ!!!!!
入国審査ではもみあげの長い眼鏡の男の審査官にいろいろと質問された。
「何しに来た?」「何日間いるのか?」「ミュンヒェンは何度目だ?」などなど。
やたら私という人間を怪しんでいる風で極めて感じが悪い。
審査官は隣のブースの人間と何やら二言三言言葉を交わした末にようやく入国スタンプを押した。
この入国には甚だ気分を害したが、これで今回の取材1カ国目ドイツ連邦共和国に入国である!

定刻にミュンヒェン到着
定刻にミュンヒェン到着

ミュンヒェンの宿はミュンヒェン中央駅近くのところを予約していた。
というわけで、まず私は中央駅を目指さねば。中央駅まではSバーンという電車で移動である。
券売機がいくつも設置されてはいたが、早くも切符の買い方が解らない困難に直面…。
券売機はドイツ語表記で全くわからないのだ。英語表記にもできたと思うがそれでもわからん…。
結局近くにいた現地の女性に手伝ってもらい何とか中央駅までの片道切符9.60ユーロを購入…。
電車に揺られること40分程。私はミュンヒェン中央駅に到着したのである。

中央駅までの乗車券

中央駅までの乗車券


次の困難。この大きな駅からどの方面へ向かえば予約した宿があるのか?
私はあてもなく重いスーツケースを引きずりながらミュンヒェン中央駅の周囲を歩いた。
もう空は暗い。こんなとこでウロウロしていないでさっさと宿に入ってしまいたいのだが。
しばらく歩いたところ、大きな時計が設置された駅の正面と思しき所へ出た。
これで何となく自分の居場所が分かった私は地図を頼りに宿へ辿り着くことができたのだった。
時刻は午後10時になろうとしている。明日からの取材に備え、この日はおとなしく就寝である…。

Hotel Eder

「Hotel Eder」1泊55ユーロ

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ミュンヒェン最初の目的地 [2010欧州5ヶ国の旅]

2010年4月29日(木)、現地時間 午前7時13分、ミュンヒェン Hotel Eder

この日は昨晩早く就寝したせいか、早起きすることができたのである。
告白するとミュンヒェン到着の晩からビェールを飲みに行きまひょか?
とか何とか考えていたのだけれども、そこまで思い切ることはしなかった。
そしてそういう行動をとらなくてこれは大正解だったのである。
そんな無茶な行動をとらなかった結果、得られたであろう早起き。
早起きはやっぱり得なのである。じゃあ私は早起きしてミュンヒェンのどこに行ったのか?

朝食
朝食

それは墓地である。
これが自分で言うのもなんだが私の取材のすごいところ。
いきなり墓地に向かったのである。そこに会いたい人が眠っていたから。
今までの取材の経験上、墓地は早朝から開いている印象がある。
博物館の類は午前9時とかそのくらいにならないと開かないであろうが、墓地は別のことが多い。
午前7時30過ぎには宿を出発。今から墓地へ向かえば午前8時くらいには到着するであろう。

中央駅前を通過する市電
中央駅前を通過する市電

向かった墓地は聖ゲオルグ教会というところにある墓地である。
この教会。ガイドブックなどを見ても一行の記載もないところ。
でも、今は便利になりました。googleの地図検索を利用すれば一発で目的地の場所がわかる!
こうしてgoogleで判明した教会の所在地。次はそこへ向かう交通手段が問題となる。
これも調べた結果、聖ゲオルグ教会には中央駅前から出る17番の市電に乗ればよいと判明。
Effnerplatz 行きの市電に乗り、Mauerkircherstraße というところで下車すればよいのである。

市電を下車したところ
市電を下車したところ

いやはや、私は語学が全く駄目なものだから、前もってそのような綿密な調査をせねばならない。
でも、その甲斐があった。Mauerkircherstraße という停留所に下車したのは午前8時過ぎ。
ほぼ予定通りの時間で順調だ。だが、この墓地は本当にそんなに早くから開いているのか?
これも前もって調べてはみたが、いまいち確実な情報を得ることができなかった。
少々不安ではあるが、教会と思われる建造物のほうへ一歩一歩近づいて行く。
それにしてもミュンヒェンを訪問して「いの一番」にこの教会に来る人間がどれだけいるだろう…。

聖ゲオルグ教会へ
聖ゲオルグ教会へ

教会まで来ると、門の横にドイツ語でこの教会にある墓地の開閉時間が掲示されていた。
再三言うように私は語学は駄目である。
だが、こう毎年墓地めぐりをしていれば「墓地」という単語くらいは解る。
ドイツ語で「墓地」は「Friedhof」である。そのくらいならば解る。
同じく掲示にある「8」やら「15」やらの数字は墓地の開いている時間なのであろう。
そして、現にこの教会の門は開いている。入ってみればそこは確かに「Friedhof」だった!

開放時間の掲示
開放時間の掲示

ここから目的の人物の墓碑を発見するのはまた別の困難を伴うことが多いが、
この聖ゲオルグ教会は、詳細な墓地案内図がネット上に掲載されており問題はなかった。
広い墓地ではない。渡航前にプリントアウトした墓地案内図を片手ににゆっくり歩んでいく。
すると簡単にある芸術家の墓碑を発見できた。今回の取材、ひとり目の墓参となったその芸術家。
それは20世紀の偉大なる指揮者ハンス・クナッパーツブッシュその人であった。

聖ゲオルグ教会

聖ゲオルグ教会

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